ヤズド(発音はほぼ「ヤズ」)はイスファハンからバスでまた6時間高速を東に行く、二つの砂漠の入り口にぽつんとある都市です。
道中の景色は、テヘラン‐イスファハンの行程よりもまっ平らで、昼の3時に出発し、いつまで経っても弱まる事のない夕日に後押しされながら、暗くなったころにやっとヤズドのコーチ・ステーションに到着。
(途中娘が行程半ばにトイレに行きたいと、無理やりバスを停めたことは省略させていただきます。)
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三年前の里帰りの際に義理の両親が私を連れてきたかった場所。
イランの伝統のお菓子で有名な場所。
ペルシャ人の始まりであった、ゾロアスター教が今も残る場所。
砂漠に住む昔の人々の知恵が集結した場所。
この旅行はペルシャの人々を知るにはなくてはならなかった旅だったと、ひしひしと感じました。
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さて、コーチ・ステーションからタクシーを使ってホテルに行く事になっているのだが、まず、タクシー乗り場がわからない。とにかく、見るからに外国人の私たちが英語を話し始めると、西洋人レートでタクシー代を引き上げられるので、英語は話さないよう、子供達と私に釘を刺す旦那。
ウロウロしたあげく、流しのタクシー(?)の運ちゃんから声をかけられた。
流しは信頼できん、と、義父はすっぱり断る。おお、かっちょえ~。
が、その運ちゃんが歩いて車に戻るところを見ていたら、なんだかタクシーが沢山停まっている。
あ、あそこがタクシー乗り場なのねー。
と、その運ちゃんの後を付いて行く事に。(喋るなといわれているので、突っ込みたいところをかなり堪える。)
義父が運ちゃん達と交渉している間に、子供達に「何か言いたかったら、日本語でいいなさい。」と、念を押す。もう、いつもぎゃーぎゃーうるさい子供達の静かな事。笑
遠めで見ていると、義父のタクシーの交渉はかなり難しそうである。神妙な顔で、そのあたりのタクシーの運ちゃんに尋ねまわっているが、いい返事がもらえないらしい。
旦那に尋ねると、「タクシーの運ちゃんが誰も行き先のホテルを知らへんらしい。」
どうやら、「オールドタウンにあるモシール(Moshir)ガーデンというホテルへ連れってって」とだけで、連れて行けといっているらしい。
「え?住所は?予約票の伝票に住所書いてあるんとちゃううん?」
慌てて義母の持つ伝票を調べてみるが、住所らしいものは書いていない。
何とか、タクシーの運ちゃん達が何処かから連れてきたもう一人の運ちゃんが「私が知っている。連れて行くよ」と、はるばるやってきてくれた。このあたり、イラン人は仲間意識(タクシー運ちゃん同士のね)が強くて親切なのだ。
はるばるやってきてくれたので、はるばるタクシーに歩いていかなければならないわけで・・・家族6人(そのうち2人の子供は就寝時間を過ぎていて、ヘロヘロである)でスーツケースをゴロゴロと歩く事10分。もう、疲れ果てて、普通の小型タクシーに6人詰め込まれることに文句も言ってられません。
新年のお祝い期間明け早々のヤズドの町には、まだまだ華やかな電飾が残っていたりで、なんとも美しい。しかし、ひざの上で眠る子供の重さでしびれはじめる足をどうするかと、考えながらこれからの三泊四日旅の不安を隠しきれない私であった。
つづく。
道中の景色は、テヘラン‐イスファハンの行程よりもまっ平らで、昼の3時に出発し、いつまで経っても弱まる事のない夕日に後押しされながら、暗くなったころにやっとヤズドのコーチ・ステーションに到着。
(途中娘が行程半ばにトイレに行きたいと、無理やりバスを停めたことは省略させていただきます。)
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三年前の里帰りの際に義理の両親が私を連れてきたかった場所。
イランの伝統のお菓子で有名な場所。
ペルシャ人の始まりであった、ゾロアスター教が今も残る場所。
砂漠に住む昔の人々の知恵が集結した場所。
この旅行はペルシャの人々を知るにはなくてはならなかった旅だったと、ひしひしと感じました。
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さて、コーチ・ステーションからタクシーを使ってホテルに行く事になっているのだが、まず、タクシー乗り場がわからない。とにかく、見るからに外国人の私たちが英語を話し始めると、西洋人レートでタクシー代を引き上げられるので、英語は話さないよう、子供達と私に釘を刺す旦那。
ウロウロしたあげく、流しのタクシー(?)の運ちゃんから声をかけられた。
流しは信頼できん、と、義父はすっぱり断る。おお、かっちょえ~。
が、その運ちゃんが歩いて車に戻るところを見ていたら、なんだかタクシーが沢山停まっている。
あ、あそこがタクシー乗り場なのねー。
と、その運ちゃんの後を付いて行く事に。(喋るなといわれているので、突っ込みたいところをかなり堪える。)
義父が運ちゃん達と交渉している間に、子供達に「何か言いたかったら、日本語でいいなさい。」と、念を押す。もう、いつもぎゃーぎゃーうるさい子供達の静かな事。笑
遠めで見ていると、義父のタクシーの交渉はかなり難しそうである。神妙な顔で、そのあたりのタクシーの運ちゃんに尋ねまわっているが、いい返事がもらえないらしい。
旦那に尋ねると、「タクシーの運ちゃんが誰も行き先のホテルを知らへんらしい。」
どうやら、「オールドタウンにあるモシール(Moshir)ガーデンというホテルへ連れってって」とだけで、連れて行けといっているらしい。
「え?住所は?予約票の伝票に住所書いてあるんとちゃううん?」
慌てて義母の持つ伝票を調べてみるが、住所らしいものは書いていない。
何とか、タクシーの運ちゃん達が何処かから連れてきたもう一人の運ちゃんが「私が知っている。連れて行くよ」と、はるばるやってきてくれた。このあたり、イラン人は仲間意識(タクシー運ちゃん同士のね)が強くて親切なのだ。
はるばるやってきてくれたので、はるばるタクシーに歩いていかなければならないわけで・・・家族6人(そのうち2人の子供は就寝時間を過ぎていて、ヘロヘロである)でスーツケースをゴロゴロと歩く事10分。もう、疲れ果てて、普通の小型タクシーに6人詰め込まれることに文句も言ってられません。
新年のお祝い期間明け早々のヤズドの町には、まだまだ華やかな電飾が残っていたりで、なんとも美しい。しかし、ひざの上で眠る子供の重さでしびれはじめる足をどうするかと、考えながらこれからの三泊四日旅の不安を隠しきれない私であった。
つづく。
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